試合結果 DeNA 1 - 5 中日 勝:橋本 敗:宮城
本日試合なし

背番号「9」の系譜

背番号の系譜

中日ドラゴンズの背番号「9」は、球団創設の1936年に初めて背負われて以来、捕手と外野手を中心に受け継がれてきた番号である。名古屋軍時代の草創期から、80年代に「走れる捕手」として一時代を築いた中尾孝義、球団史に残る大打者・福留孝介がキャリアの最終盤に袖を通した番号でもあり、現在は若き正捕手候補・石伊雄太が背負う。ここでは歴代の着用者26人を、時代を追って振り返る。

  1. 中日ドラゴンズ 歴代背番号「9」一覧
  2. 戦前〜終戦直後(1936〜1950)
    1. 岡村信夫【初代を背負った名古屋軍の内野手】
    2. 服部一男【草創期を支えた外野手】
    3. 三浦敏一【戦前の正捕手】
    4. 藤原鉄之輔【七球団を渡り歩いた捕手】
    5. 長岡久夫【一軍の舞台に届かなかった男】
  3. 昭和の主軸(1951〜1980)
    1. 中西由行【草創期の左腕】
    2. 本多逸郎【マウンドから外野へ転じた俊足】
    3. 吉沢岳男【守備で鳴らした正捕手】
    4. 半田春夫【海を渡ってきた日系の内野手】
    5. 岡野義光【強肩の控え捕手】
    6. 菱川章【昭和40年代の外野手】
    7. 谷木恭平【社会人出身の堅実な外野手】
  4. 1980〜2000年代(1981〜2009)
    1. 中尾孝義【走れる捕手、1982年MVP】
    2. 山口幸司【強打を期待された外野手】
    3. 前原博之【小回りの利く内野手】
    4. 愛甲猛【甲子園優勝投手から野手へ】
    5. アンロー【メジャー帰りの長距離砲】
    6. 田上秀則【大型捕手として期待された】
    7. 井上一樹【「ピンキー」の愛称で愛された男】
  5. 2010年代以降(2010〜現在)
    1. 野本圭【勝負強さが光った外野手】
    2. 高橋周平【1年だけの「9」、のちの主将】
    3. 石川駿【勝負強い右の内野手】
    4. 福留孝介【球団史に残る大打者の有終】
    5. アキーノ【本塁打を期待された長距離砲】
    6. 中島宏之【球界を代表した遊撃手】
    7. 石伊雄太【現在の「9」を背負う正捕手】
  6. 背番号「9」通算成績(全着用者合計)
    1. 打撃成績(25人合計)
    2. 投手成績(投手陣合計)
  7. まとめ

中日ドラゴンズ 歴代背番号「9」一覧

選手名着用期間ポジションひとこと
初代岡村信夫1年(1936)内野手初代を背負った名古屋軍の内野手
2代服部一男1年(1937)外野手草創期を支えた外野手
3代三浦敏一4年(1938〜1941)捕手戦前の正捕手
4代藤原鉄之輔2年(1946〜1947)捕手七球団を渡り歩いた捕手
5代長岡久夫2年(1949〜1950)捕手一軍の舞台に届かなかった男
6代中西由行2年(1951〜1952)投手草創期の左腕
7代本多逸郎7年(1952〜1958)外野手マウンドから外野へ転じた俊足
8代吉沢岳男3年(1959〜1961)捕手守備で鳴らした正捕手
9代半田春夫1年(1962)内野手海を渡ってきた日系の内野手
10代岡野義光2年(1963〜1964)捕手強肩の控え捕手
11代菱川章8年(1965〜1972)外野手昭和40年代の外野手
12代谷木恭平8年(1973〜1980)外野手社会人出身の堅実な外野手
13代中尾孝義8年(1981〜1988)捕手走れる捕手、1982年MVP
14代山口幸司6年(1989〜1994)外野手強打を期待された外野手
15代前原博之1年(1995)内野手小回りの利く内野手
16代愛甲猛5年(1996〜2000)内野手甲子園優勝投手から野手へ
17代アンロー1年(2001)内野手メジャー帰りの長距離砲
18代田上秀則2年(2002〜2003)捕手大型捕手として期待された
19代井上一樹6年(2004〜2009)外野手「ピンキー」の愛称で愛された男
20代野本圭4年(2010〜2013)外野手勝負強さが光った外野手
21代高橋周平1年(2014)内野手1年だけの「9」、のちの主将
22代石川駿6年(2015〜2020)内野手勝負強い右の内野手
23代福留孝介2年(2021〜2022)外野手球団史に残る大打者の有終
24代アキーノ1年(2023)外野手本塁打を期待された長距離砲
25代中島宏之1年(2024)内野手球界を代表した遊撃手
26代石伊雄太1年目(2025〜現在)捕手現在の「9」を背負う正捕手

※着用のなかった年もある。三浦の1941年以降、戦中の1942〜1945年(1945年はリーグ中断)と、藤原が去った1948年は背番号「9」の着用者がいない空き番だった。

戦前〜終戦直後(1936〜1950)

岡村信夫【初代を背負った名古屋軍の内野手】

生年月日:1918年11月6日 / ドラフト:なし(1936年入団)

投打:右投右打 / ポジション:内野手 / プロ通算:1年

背番号「9」の期間:1年(1936)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
24102.250

惟信中出身の地元選手。球団創設の1936年、名古屋軍で背番号「9」を初めて背負った。出場は春夏の2試合にとどまり、この年限りでユニフォームを脱いだが、90年近く続く背番号「9」の歴史はこの選手から始まった。

服部一男【草創期を支えた外野手】

生年月日:1918年5月23日 / ドラフト:なし

投打:右打 / ポジション:外野手 / プロ通算:3年

背番号「9」の期間:1年(1937)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
3046601.130

初代の岡村と同じ惟信中の出身。名古屋軍の発足直後の3シーズンに在籍し、背番号「9」は1937年に着けた。春夏秋制の時代に外野を守ったが、出場機会は多くなかった。

三浦敏一【戦前の正捕手】

生年月日:1916年5月18日 / ドラフト:なし

投打:右投右打 / ポジション:捕手 / プロ通算:5年

背番号「9」の期間:4年(1938〜1941)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
3831220208598.170

諏訪蚕糸から日大を経て名古屋軍入り。1938年から4年連続で背番号「9」を背負い、戦前の名古屋軍で正捕手を務めた。通算383試合はこの時代の捕手として長く、草創期のチームの守りの中心となった。

藤原鉄之輔【七球団を渡り歩いた捕手】

生年月日:1924年10月7日 / ドラフト:なし

投打:右投右打 / ポジション:捕手 / プロ通算:13年

背番号「9」の期間:2年(1946〜1947)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
85224325347212.220

NPBの登録表記は「鉄之輔」(鉄之助と記される資料もある)。名古屋軍で戦中にデビューし、戦後は中部日本〜中日で1946〜1947年に背番号「9」を着用。その後は急映・読売・広島と渡り歩き、戦中戦後に7球団でプレーしたベテランで、通算852試合に出場した。

長岡久夫【一軍の舞台に届かなかった男】

生年月日:1929年2月5日 / ドラフト:なし

投打:右打 / ポジション:捕手・外野手 / プロ通算:中日で2年在籍

背番号「9」の期間:2年(1949〜1950)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率

東京巨人軍で史上初めて背番号「0」を着けた選手として知られる。豊岡物産を経て1949年に中日で球界復帰し、2年間背番号「9」を背負ったが、一軍公式戦への出場はないまま1950年に現役を退いた。このため一軍成績の記録は残っていない。引退後は高校野球の指導者として長く活動した。

昭和の主軸(1951〜1980)

中西由行【草創期の左腕】

生年月日:1932年3月10日 / ドラフト:なし

投打:左投左打 / ポジション:投手 / プロ通算:3年

背番号「9」の期間:2年(1951〜1952)

通算成績

〈投手成績〉
登板セーブ奪三振投球回防御率
52717096194.13.92
〈打撃成績〉
試合打数安打本塁打打点打率
52551301.236

名古屋〜中日で背番号「9」を継いだ左腕。1951〜1952年に着用し、通算52登板で7勝を挙げた。投手ながら打撃でも53打数13安打を記録している。番号は1952年途中から次の本多へと引き継がれた。

本多逸郎【マウンドから外野へ転じた俊足】

生年月日:1931年5月3日 / ドラフト:なし

投打:左投左打 / ポジション:外野手(投手兼任) / プロ通算:14年

背番号「9」の期間:7年(1952〜1958)

通算成績

〈打撃成績〉
試合打数安打本塁打打点打率
1053317876615201.241
〈投手成績〉
登板セーブ奪三振投球回防御率
220002255.05.89

犬山高から中日入り。投手として登板もこなしたが、やがて外野手に本格転向し、1952年から7年にわたって背番号「9」を背負った。通算1053試合・170盗塁を記録した俊足の外野手で、7年にわたってこの番号を守り続けた。

吉沢岳男【守備で鳴らした正捕手】

生年月日:1933年7月15日 / ドラフト:なし

投打:右投右打 / ポジション:捕手 / プロ通算:16年

背番号「9」の期間:3年(1959〜1961)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
1355354471041279.200

松商学園時代に甲子園へ4度出場した捕手。打撃こそ非力だったが巧みなインサイドワークと強肩でセ・リーグを代表する捕手の一人に数えられ、1959年から背番号「9」を着けた。1959年に記録した47打席連続無安打は、長くセ・リーグの野手記録として残り、のちに背番号「2」の荒木雅博が並んだことでも知られる。

半田春夫【海を渡ってきた日系の内野手】

生年月日:1931年4月20日 / ドラフト:なし

投打:右投右打 / ポジション:内野手 / プロ通算:南海・中日

背番号「9」の期間:1年(1962)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
487153939421135.256

ハワイの日系人チームでプレーした経歴を持つ内野手。南海を経て中日に移り、1962年に背番号「9」を着用した。通算487試合で打率.256を残している。

岡野義光【強肩の控え捕手】

生年月日:1938年11月28日 / ドラフト:なし(1962年入団)

投打:右投右打 / ポジション:捕手 / プロ通算:中日・近鉄

背番号「9」の期間:2年(1963〜1964)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
9711223214.205

土浦一高から明大、三協精機を経て中日入り。1963〜1964年に背番号「9」を着けた強肩の控え捕手で、正捕手の座を争いながらチームを支えた。のちに近鉄へ移っている。

菱川章【昭和40年代の外野手】

生年月日:1947年1月2日 / ドラフト:なし

投打:右投右打 / ポジション:外野手 / プロ通算:中日・日拓

背番号「9」の期間:8年(1965〜1972)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
3826971332474.191

倉敷工出身の外野手。1965年から8年にわたって背番号「9」を背負い、昭和40年代の中日外野陣の一角を占めた。長打力を備え、通算24本塁打を放っている。

谷木恭平【社会人出身の堅実な外野手】

生年月日:1945年11月12日 / ドラフト:なし

投打:左投左打 / ポジション:外野手 / プロ通算:8年

背番号「9」の期間:8年(1973〜1980)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
73713773552193.258

北海高から立教大、新日鉄室蘭を経て中日入りした社会人出身の外野手。菱川に続いて1973年から8年間背番号「9」を着け、通算737試合で打率.258と堅実な打撃を見せた。中日一筋でプレーした。

1980〜2000年代(1981〜2009)

中尾孝義【走れる捕手、1982年MVP】

生年月日:1956年2月16日 / ドラフト:1980年1位

投打:右投右打 / ポジション:捕手 / プロ通算:13年

背番号「9」の期間:8年(1981〜1988)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
9802653699109335.263

主なタイトル・表彰:最優秀選手1回(1982年)、ベストナイン2回(1982・1989年)、ゴールデングラブ賞2回(1982〈当時はダイヤモンドグラブ賞〉・1989年)、カムバック賞1回(1989年)

※以下は主なタイトルに含めない
・日本シリーズ優秀選手賞1回(1982年)(日本シリーズの表彰)

プリンスホテルから1980年ドラフト1位で中日入り。2年目の1982年に正捕手を掴むと、機動力を武器にした「走れる捕手」として一時代を築き、捕手ながらシーズンMVPに輝いてリーグ優勝に貢献した。背番号「9」を8年間背負った中日を代表する名捕手である。1989年に巨人へ移ると再び正捕手として復活を遂げた。

山口幸司【強打を期待された外野手】

生年月日:1970年4月29日 / ドラフト:1988年(中日)

投打:右投右打 / ポジション:外野手 / プロ通算:11年

背番号「9」の期間:6年(1989〜1994)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
4176991651556.236

大宮東出身の外野手。中尾に続いて1989年から背番号「9」を6年間着けた。強打を期待されたスラッガータイプで、1991年には背番号「8」の彦野利勝が放ったサヨナラ本塁打の場面で代走から生還するなど、勝負どころで存在感を見せた。中日一筋でプレーした。

前原博之【小回りの利く内野手】

生年月日:1967年5月16日 / ドラフト:1988年(中日)

投打:右投右打 / ポジション:内野手 / プロ通算:中日・西武

背番号「9」の期間:1年(1995)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
4389372222190.237

県岐阜商出身の内野手。1995年に1年だけ背番号「9」を着用した。複数のポジションを守れるユーティリティ性が持ち味で、1992年にはオールスターにも出場している。のちに西武へ移籍した。

愛甲猛【甲子園優勝投手から野手へ】

生年月日:1962年8月15日 / ドラフト:1980年1位(ロッテ)

投打:左投左打 / ポジション:内野手(投手からの転向) / プロ通算:20年

背番号「9」の期間:5年(1996〜2000)

通算成績

〈打撃成績〉
試合打数安打本塁打打点打率
153242441142108513.269
〈投手成績〉
登板セーブ奪三振投球回防御率
610202347.06.70

主なタイトル・表彰:ゴールデングラブ賞1回(一塁手・1989年)

横浜高で1980年夏の甲子園優勝投手となり、同年ロッテにドラフト1位で入団。投手としては伸び悩んで野手へ転向し、ロッテ時代の1989年に一塁手としてゴールデングラブ賞を獲得した。1996年に中日へ移ると背番号「9」を5年間着け、代打の切り札として1999年のリーグ優勝に貢献。535試合連続フルイニング出場を記録した頑健さでも知られる。

アンロー【メジャー帰りの長距離砲】

生年月日:1970年10月7日 / ドラフト:1992年28巡目(ブルワーズ)

投打:右投右打 / ポジション:内野手 / 出身:アメリカ

背番号「9」の期間:1年(2001)

通算成績

区分打数安打本塁打打点盗塁打率
MLB(5年)95213112.221
NPB(1年)71000.143

ブルワーズ・エンゼルス・ブレーブスでプレーしたメジャー経験を持つ内野手。2001年に中日へ加入して背番号「9」を着けたが、一軍では4試合の出場にとどまり、シーズン途中に退団した。長打力を期待されての来日だった。

田上秀則【大型捕手として期待された】

生年月日:1980年3月20日 / ドラフト:2001年3巡目(中日)

投打:右投右打 / ポジション:捕手 / プロ通算:12年

背番号「9」の期間:2年(2002〜2003)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
470137734050184.247

九州共立大から2001年ドラフト3位で中日入りし、入団と同時に背番号「9」を与えられた大型捕手(読みは「たのうえ」)。中日では出場機会に恵まれなかったが、のちに移籍した福岡ソフトバンクで正捕手級の働きを見せ、通算50本塁打を放った。

井上一樹【「ピンキー」の愛称で愛された男】

生年月日:1971年7月25日 / ドラフト:1989年(中日)

投打:左投左打 / ポジション:外野手(投手からの転向) / プロ通算:20年

背番号「9」の期間:6年(2004〜2009)

通算成績

〈打撃成績〉
試合打数安打本塁打打点打率
1215313486379349.275
〈投手成績〉
登板セーブ奪三振投球回防御率
90101214.26.75

鹿児島商から投手として中日入りしたが、1994年に外野手へ転向。準レギュラー・代打の切り札として長く活躍し、2004年から6年間背番号「9」を背負った。ピンク色のリストバンドと自身の名前にちなんだ「ピンキー」の愛称でファンに親しまれた。中日一筋20年でプレーし、2025年からは中日の監督を務めている。

2010年代以降(2010〜現在)

野本圭【勝負強さが光った外野手】

生年月日:1984年7月7日 / ドラフト:2008年(中日)

投打:左投左打 / ポジション:外野手 / プロ通算:10年

背番号「9」の期間:4年(2010〜2013)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
449827185983.224

日本通運から中日入りした外野手。井上に続いて2010年から4年間背番号「9」を着けた。代打での勝負強さに定評があり、チームの控え外野手として役割を果たした。中日一筋でプレーし、引退後は球団スカウトを務めている。

高橋周平【1年だけの「9」、のちの主将】

生年月日:1994年1月18日 / ドラフト:2011年1位(中日)

投打:右投左打 / ポジション:内野手 / プロ通算:14年

背番号「9」の期間:1年(2014)

通算成績(2025年終了時・更新中)

試合打数安打本塁打打点打率
1090337286957373.258

主なタイトル・表彰:ゴールデングラブ賞2回(2019・2020年)、ベストナイン1回(2019年)

東海大甲府から2011年ドラフト1位で中日入り。背番号「9」を着けたのは入団3年目の2014年の1年だけで、翌2015年からは背番号「3」に変わっている。のちにチームの主将を務め、2019・2020年には三塁手としてゴールデングラブ賞を連続受賞するなど、中日の中軸へと成長した。

石川駿【勝負強い右の内野手】

生年月日:1990年5月26日 / ドラフト:2014年(中日)

投打:右投右打 / ポジション:内野手 / プロ通算:中日

背番号「9」の期間:6年(2015〜2020)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
31411016.244

ENEOSから中日入りした内野手。高橋に続いて2015年から6年にわたって背番号「9」を着けた。一軍出場は限られたが、勝負強い右打者としてチームを支えた。

福留孝介【球団史に残る大打者の有終】

生年月日:1977年4月26日 / ドラフト:1998年1位(中日・逆指名)

投打:右投左打 / ポジション:外野手 / プロ通算:NPB19年・MLB5年

背番号「9」の期間:2年(2021〜2022)

通算成績

区分打数安打本塁打打点盗塁打率
NPB(19年)68221952285107876.286
MLB(5年)19294984219529.258

主なタイトル・表彰:最優秀選手1回(2006年)、首位打者2回(2002・2006年)、最高出塁率3回(2003・2005・2006年)、ベストナイン4回(2002・2003・2006・2015年)、ゴールデングラブ賞5回(2002・2003・2005・2006・2015年)

中日を代表する大打者。1999年の入団から2007年までの1度目の在籍では背番号「1」を背負い、数々のタイトルを獲得した。カブスなどでのメジャー生活、阪神を経て、2021年に古巣へ復帰した際に着けたのが背番号「9」だった。復帰後は代打の切り札として存在感を放ち、2021年には史上最年長でのNPB通算2000試合出場を達成。2016年には日米通算2000安打に到達して名球会入りの資格を得ており、2022年限りでNPB19年・日米通算2450安打の現役生活に幕を下ろした。ワールドベースボールクラシックでは2006年・2009年の連覇に貢献するなど、日本代表としても長く活躍した。

アキーノ【本塁打を期待された長距離砲】

生年月日:1994年4月22日 / ドラフト:なし(レッズと契約)

投打:右投右打 / ポジション:外野手 / 出身:ドミニカ共和国

背番号「9」の期間:1年(2023)

通算成績

区分打数安打本塁打打点盗塁打率
MLB(5年)6861454110812.211
NPB(1年)6510160.154

福留の後を継いで2023年に背番号「9」を着けたドミニカ出身の長距離砲。レッズ時代の2019年には、デビューから驚異的なペースで本塁打を量産して大きな注目を集めた実績を持つ。中日ではその長打力を期待されたが、20試合の出場にとどまり、1年で退団した。

中島宏之【球界を代表した遊撃手】

生年月日:1982年7月31日 / ドラフト:2000年5位(西武)

投打:右投右打 / ポジション:内野手 / プロ通算:NPB24年

背番号「9」の期間:1年(2024)

通算成績

試合打数安打本塁打打点打率
194865931928209995.292

主なタイトル・表彰:最高出塁率2回(2008・2009年)、最多安打1回(2009年)、ベストナイン4回(2008・2009・2011・2012年)、ゴールデングラブ賞3回(2008・2011・2012年)

※以下は主なタイトルに含めない
・日本シリーズ優秀選手賞1回(2008年)(日本シリーズの表彰)

西武時代(旧登録名・中島裕之)に球界を代表する遊撃手として鳴らしたベテラン。2011年には遊撃手として100打点を記録するなど、打てる遊撃手の代表格だった。オリックス・巨人を経て2024年に中日へ加入し、この年に背番号「9」を着用。豊富な経験を若いチームに還元した。

石伊雄太【現在の「9」を背負う正捕手】

生年月日:2000年8月18日 / ドラフト:2024年4位(中日)

投打:右投右打 / ポジション:捕手 / プロ通算:1年目(2025〜現在)

背番号「9」の期間:1年目(2025〜現在)

通算成績(2025年終了時・更新中)

試合打数安打本塁打打点打率
8523552321.221

三重県尾鷲市出身、近畿大学工業高専から近畿大工学部、日本生命を経て2024年ドラフト4位で中日入りした捕手。ルーキーイヤーの2025年からさっそく背番号「9」を背負って正捕手争いに加わり、6月11日には1試合5安打の固め打ちを記録した。日本生命時代に、同じく背番号「9」を着けた福留孝介が特別コーチを務めていた縁もある。現在は「9」を背負う正捕手として、チームの守りの中心を担っている。

背番号「9」通算成績(全着用者合計)

これまで背番号「9」を着けた選手たちの通算成績を合算すると、次のようになる(一軍公式戦の出場がなかった長岡久夫を除く)。各選手の数字は中日以外の所属球団を含むプロ通算で、日米通算の選手は日米通算とした。

打撃成績(25人合計)

試合数安打打率本塁打打点盗塁
16,13211,581.2561,0835,199755

投手成績(投手陣合計)

登板勝利敗北セーブ奪三振投球回防御率
1447200153311.04.83

※日米通算の選手は日米通算、その他の選手は各人のプロ通算(中日以外の所属球団もすべて含む合計)。現役の選手は記録更新中。打率は単純平均ではなく「総安打÷総打数」で算出。投手成績は投手として登板した中西由行・本多逸郎・愛甲猛・井上一樹の合計。

まとめ

中日ドラゴンズの背番号「9」は、球団創設の1936年から現在まで、捕手と外野手を軸に受け継がれてきた番号である。戦前の正捕手・三浦敏一に始まり、1950年代には俊足の本多逸郎が7年間背負った。1980年代には「走れる捕手」中尾孝義がMVPを獲得してこの番号に輝きをもたらし、近年では球団史に残る大打者・福留孝介が現役最終盤に袖を通した。そして2025年からは若き正捕手候補・石伊雄太が背負っている。守備の要である捕手と、俊足巧打の外野手が代わる代わる着けてきた「9」は、中日の各時代を映す番号として、これからも受け継がれていく。

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